Fate/shadow invincible

〜 10th / Archer 〜

「さて」

 どうした物かと頭を抱える。

 俺が頭を抱える原因は他でもない。昨日出会い、紆余曲折を経て共闘関係となったアーチャーのサーヴァントのことである。

 こんな異常な戦いの最中、俺は右も左も判らない一介の魔術師に過ぎない。仲間が増えるのは頼もしいことだ。それほど協力ではないとはいえ、やはりサーヴァント。特に、あのバーサーカーはセイバーだけでは到底適いそうもない。例え僅かであろうとも、戦力が加わってくれるのを拒む理由はない。

 しかし、そんな単純な計算だけで問題は無いと言い切れないのが世の中というもので。

「……」
「……」

 朝の朝食。そこは、恐ろしいほどの殺気に満ちあふれていた。

 食卓を囲んでいるのは、俺にセイバー、そしてアーチャーの三人だ。

 セイバーは、昨日の服装からさらに変えて、俺の古着を着ている。俺が良く着ているトレーナーの色違いだ。小柄な彼女にとっては少々大きめのようだが、特に問題はないらしい。

 一方、アーチャーはあの服装のままだ。正直、違和感ばりばり――と思いきや、意外なほどこの部屋に溶け込んでいるのだから不思議だ。まるで、随分と前からこの家に馴染んでいるかのように。単に、物怖じせずに自然体でいるせいかもしれないが。

 ちなみに、藤ねえは今日、早朝から用事があるとかでこちらには来ていない。桜も、昨日に引き続いて家には来なかった。連絡もないが、藤ねえが言っていたように調子を崩しているのだろうか。それでも、電話の一つくらいはあると思うんだけど……

 しかし、心配とばいえこちらから電話を掛けて慎二にでも知られると、桜に迷惑がかかる可能性がある。怒りっぽいのはあいつの味だが、だからといって妹に度々手を上げる癖はどうにかならないものか。しかし、愚痴っても始まらない。学校に行くまで、この件については保留するしかないだろう。

 さて、今はそれ以外にも問題が生じている。言うまでもなく、目の前にいるセイバーとアーチャーの二人によるものだ。

「あー、二人とも、少し落ち着いたらどうだ?」

 少しでも場の雰囲気を和らげようと、勇気を出して声をかけてみるが……

「……」
「……」

 二人は俺の言葉など、聞いてはいないようだ。

 食事は恙なく終わっている。アーチャーの好みが良く判らなかったので、取りあえず無難にパンやベーコンなどを使って洋風でまとめてみたが、これが結構な好評だった。

 それに、アーチャーもセイバーと同じく器用に箸を使っていた。箸を使う文化圏の人間なのか、それとも箸という物を使ったことがあるのか。

 対バーサーカー戦でも、重火器を使用していたことから、彼女は近代の英雄だろう。最近はヨーロッパでも、箸は脳を鍛える効果があるとか何とかで、割とポピュラーな物になっていると聞くけど……

 まあ、その辺りはどうでもいい事か。それよりも、気になることがある。食事中もセイバーとアーチャーが全く会話を交わさなかったのだ。

 聖杯を得るために、争い合うことを存在意義とするのがサーヴァントだ。当然、仲良くしろとまでは言わないけど――このギスギスとした雰囲気だけは頂けない。折角の飯が不味くなる。

 だが、俺の考えなど知ったことかとばかりに、セイバーもアーチャーも仲良くしようという気は微塵もないようだ。

「……」
「……」

 視線さえ交わさず――いや、セイバーはちらちらとアーチャーの方を気にしているのだが、アーチャーの方はセイバーの視線など意に介さず、俺が入れた緑茶を優雅に飲んでいる。戸惑う様子もなく、かなり様になっている。

 その自然な態度が、セイバーの神経を逆撫でするらしい。セイバーは、こう見えて結構短気だ。いや、短気というよりも生真面目なので、巫山戯た態度をとことん嫌うのだ。多少の冗談くらいは大目に見るようだが……元々、好意を抱いていない相手に対して、手心は加えないだろう。

 ……折角の共闘関係だが、二人の関係がこれではまともに連携も出来そうもない。この状態では、果たして折角のアーチャーの申し出が肝心の実戦で役に立つかどうか。

「おーい」

 無論、俺とてただ成り行きを見守っているだけではない。こうして呼びかけて、何度か二人を会話させようとしているのだけど、全く持って効果無し。セイバーは苛ついてて俺の呼びかけも耳に入らないようだし、アーチャーは我関せず。こんな状態が、三十分に渡って続いている。

「……ところで、アーチャー」
「何でしょうか?」
「……お茶のお代わりはいるか?」
「いえ、構いません。結構なお点前でした」
「……」

 ……どうにも会話が弾まない。気を取り直し、今度はセイバーに向かって話しかけた。

「セイバー、菓子の味はどうだ?」
「……頂きます」
「はい」
「……有り難うございます」

 こうやって、俺が一人ずつ話しかけるのなら特に問題なく会話も出来るんだけど――セイバーとアーチャーの間には、会話が始まる兆しさえない。まあ、出会いが出会いだし友好的に話し合える気にもなれないのは判るんだけど――

 仕方がない。俺が何とか話し合いに持って行かなければならないのだろう。

「……」

 さて、どうしようか。少し悩むが、二人の気を引ける話題といえば、やっぱり聖杯戦争絡みの話しかないんだろうな。正直、まったりな食事時に血生臭い話はしたくないけど、仕方ないか。それに、俺自身色々と知らないといけないこともある。

 セイバーには色々と教えて貰ったが、アーチャーから見たらまた別の側面からの情報も得られるかもしれない。

「あー、そうだアーチャー。折角、共闘関係になったんだから……」

 共闘、という言葉にセイバーが敏感に反応した。こちらを、怒ったような拗ねたような、そんな目で睨み付ける。う、結構な罪悪感が……

 だけど、もう決めてしまったのだから仕方が無い。俺の身を案じてくれるセイバーには本当にすまないと思うけど――彼女を敵だと認識するのが、どうしても嫌だったんだ。助けられたから、だろうか。一晩経っても、その理由は判然としないけど。

「少しでも良いから、お前のことを教えて貰っても良いかな?」
「……ふむ。まあ、それは構いませんが」

 真剣な話と踏んだのか、アーチャーもやや居住まいを正してこちらの話に耳を傾ける姿勢を取る。

「私には隠すこともありませんし、何でも聞いて構いませんよ。というか、私としては、昨日のうちに色々と聞き出されるものかと思っていたんですけど」

 確かに、得体の知れない彼女を招き入れたのだから、すぐさま情報を収集する必要があったのだろうけど――俺はかなり疲れていたし、セイバーもあのバーサーカーとやり合って消耗していた。家に帰るなり、倒れかけたくらいだ。だから、休息を優先せざるを得なかった。

 実際、セイバーはアーチャーを警戒していたにも関わらず、家に着くなり電池が切れたかのように寝込んでしまった。余程、疲れていたのだろう。今、セイバーがこうして不機嫌なのも、素性が明らかではないサーヴァントが身近にいながら、休息を優先してしまった己への怒りもあると思われる。

「あ、一つだけ。真名についてだけは答えられません」
「……何だと?」

 アーチャーの言葉に、セイバーが敏感に反応する。

「隠すことはない、と言いつつ真名を隠すのか」
「ええ。だって不必要ですから。それに、サーヴァントにとって真名というのは常に隠すべき物、無闇に晒したくはありません」

 早速、怒りの色を含んだセイバーの声にも動じず、アーチャーはあくまで自然体で答える。

「不必要かどうか、そんな事はこちらで判断する。そちらから共闘関係を持ち掛けてきたというのに、必要な情報も晒せないのでは信用に値しない」

 そのアーチャーの態度が余程腹に据えかねているのか、セイバーの口調はとにかく刺々しい。だが、アーチャーはそんなセイバーなど眼中に無いという態度を崩さない。

「あら、セイバーはそれでは真名を教えてくれるのですか?」
「……教えろと言うのなら教えよう。私とて、それほど高名な騎士ではないのでな」
「……ふーん……」

 だから、教えろと暗に要求するセイバーの視線をアーチャーは受け流す。

「まあ、でも私達はあくまで協力体制だし。貴方達に言う必要もないわけですよね」
「……この」

 からかうようなアーチャーの口調に、早速セイバーは苛立ち始める。このまま続ければ、折角話し合いになりかけた空気が一気に崩壊すると感じた俺は、慌てて制止した。

「ま、まあまあ。セイバー、落ち着いて。アーチャー、どうして答えられないんだ? 理由でもあるのか?」
「……」

 アーチャーは、セイバーを宥める俺から少しだけ目を反らす。

「強いて理由を言うのなら――不名誉としか言い様のない真名ですから。正直、余人に知られたくはない、というのが理由でしょうか」

 ……アーチャーの、僅かに強張った顔からは強い拒絶が感じられた。アーチャーは、自らの真名を疎ましく感じている。どれだけ問い詰めようと、答えてくれそうにない。

「……判った。無理には聞かない」
「……礼を言います、セイバーのマスター」

 アーチャーは、素直に頭を下げた。それは、俺だけじゃなく――セイバーに対しても向けられているように感じた。だからだろうか、不満そうにしていたセイバーだが、それ以上は真名について追求しなかった。セイバーも、俺と同じく彼女の強い拒絶の意志を感じたのだろうか。

「じゃあ、他には――差し当たって知っておかなければいけないのは――お前を呼び出したのが誰か、という事かな」
「私の元マスターの事ですか?」
「ああ」

 確か、昨日の話だと彼女と彼女のマスターは、仲違いをしただけで殺し合ったわけではない。つまり、アーチャーのマスターはサーヴァントを失った状態とはいえ、まだ聖杯戦争の参加者には違いない。

「セイバーから聞いたんだけど、マスターはサーヴァントを失っても聖杯戦争の参加権を失う訳じゃないんだろ?」
「ええ」
「だったら……」

 まだ、そのマスターは聖杯を狙っているかもしれない。だとすると、敵対してくる可能性がある。ならば、情報は絶対に必要だ。

「へえ……」

 そう説明すると、アーチャーは何とも言えない――強いて言うなら鼠を前にした猫のようにこちらを探るような――そんな笑みを浮かべた。

 それに、少し気圧される。

「な、何だよ」
「いえ、まさか貴方がそこまで考えていたとは思わなかったので。ええ、確かに元マスターが未だ聖杯を諦めず、我々に敵対してくる可能性はあるでしょう」

 ……何というか、褒められたのか貶されたのか微妙な言い方だった。が、あまり気にしていても仕方がない。

「あー、というわけで、アーチャーのマスターを教えて欲しいんだ。今後、会うかどうかは判らないけど、情報くらいは持っておきたい」
「ふむ。当然ですね」

 アーチャーは、しばし思案顔で何やら考えながらぶつぶつと口の中で呟いていたが、数秒ほどで結論は出たらしい。

「良いでしょう。私としても、もはや縁の切れたマスターに義理立てする必要もありませんからね」
「そっか……助かる」

 その言葉に、俺とセイバーは居住まいを正す。聖杯戦争の情報源といえば、セイバーが持っている知識のみの俺たちにとって、彼女の言葉は非常に重要な要素となる。

「さて、私を召還した者ですが……まあ、一言で言えばサーヴァントですよ」
「……はあ?」

 だが、身構えていたにも関わらず、彼女の一言によって俺たちは簡単に驚愕させられてしまった。

「……えっと?」
「……つまりですね」

 と、俺たちが驚くのを見越していたように、アーチャーは一旦間をおいて続ける。

「そもそもマスターになるための条件とは、魔術師であること。これに尽きます。つまり――魔術師でさえあるのなら、誰であろうとマスターになれるのです」

 確かに、セイバーはそう言っていた。マスターとなるための資格は、魔術師であるかどうかだと。

「そして、当然こう考える者が出てくる。魔術師としての能力を持っているのなら、例えサーヴァントであっても同時にマスターになれるはずだと」
「それが……キャスター?」

 俺の言葉に、アーチャーは頷いた。

「その通りですよ、セイバーのマスター。サーヴァントに選ばれる程の魔術師。その能力は現代の魔術師が束になっても歯の立つ相手ではない。サーヴァントを呼び出す術くらい、造作もないことです」
「……つまりお前は、その、キャスターのサーヴァントに呼び出された――というのか?」
「はい」

 俺とセイバーは、思わず絶句する。

 確かに――キャスターのサーヴァントとは、数ある英霊の中でも、特に魔術に優れた者が選ばれるという。ならば、サーヴァントを召喚くらい朝飯前だろう。俺でさえ、何の準備をしていなかったにも関わらず呼び出せたのだから。

「しかし、それは完全なルール違反の筈」

 セイバーはそう指摘したが、アーチャーは皮肉に笑みを浮かべてセイバーの疑問に答えた。

「確かに、ルール違反かもしれない。でも、それがどうだというのですか?」
「え……?」

 からかうようなアーチャーに、セイバーは思わず身を乗り出す。だが、アーチャーは淀みなく続ける。

「セイバー。貴方が何処の誰だか知りませんが、それでも英霊……しかも、セイバーとして聖杯に選ばれたのなら、その器に足るだけの能力と実績、そして相応の修羅場をかいくぐってきた筈。ならば、判るでしょう――戦争においてルール違反なんて良くある事だと」

 その言葉に、セイバーは黙り込んだ。それは、一般人である俺にだって判る。いちいち、定められたルールを守っても、それで負ければ何にもならない。勝つためならば、生き残るためならどのような非道であろうと実行する。それが、人間のみならず生物全般の基本理念だ。

「つまり、キャスター本人にルールを守る気がなければそれまでって事。ルールに違反したとして、裁く者がいないのですから躊躇う理由はありません」
「……」

 確かに、聖杯戦争に罰則という物は殆ど存在しないも同然だ。セイバーの話では、どうやら監督者に当たる者は存在するらしいのだが、それだって人間。過去の英霊であるサーヴァントに対して、どのような裁きを与えられるというのか。失格、と言ってそれを聞き届けるような者なら、最初からルール違反などしないだろう。

「……確かに、有り得ないことではないな」
「そういう事です、セイバーのマスター」

 アーチャーは、お茶を啜って口を湿らせ、続けた。

「己がもう一騎サーヴァントを召喚する。つまり、単純に考えて手駒が一つ増え、さらに敵が一組減るわけです。サーヴァントを召喚できる数は、七という上限がありますから、そのうちの一体を確保してしまえば敵は既に五となっちゃうわけです。形振り構わない連中なら、むしろ積極的に採る手段でしょう」
「……」

 苦々しい口調で、それでもセイバーはアーチャーの言葉を認めた。

「……ま、そういう事です。ただ、サーヴァントがサーヴァントを呼ぶってのは聖杯も予想していなかったのか、それとも正規のマスターではないキャスターが呼んだせいなのか……それは判らないけど、こうして呼び出されたのは数ある英霊の中でも積み重ねた歴史が薄く、力も弱い私だったわけだけど」

 ……アーチャーの話は判ったが……これは結構重大な事だ。俺の目的は、出来ることなら争いは避け、戦いになっても相手を屈服させるだけで済ませる事だ。だが、そんな形振り構わなくなってる連中が、俺の話なんかに耳を傾けてくれるとも思えない。

「それで、お前はキャスターから離反したわけか?」

 セイバーの言葉に、アーチャーは悪びれず頷く。

「ええ。正直、気が合わなかったし……それに、聖杯を捕れるのは一組だけ。キャスターが私に譲るはずもないから、最後の最後で令呪を使って拘束でもされたら、私に聖杯を捕る権利はなくなっちゃいます」

 ……そうか、そうだよな。よく考えれば、聖杯は一個しかないんだ。となれば、キャスターは最後の最後でアーチャーを切り捨てる事が既に決定しているわけだ。余程のことがない限り従おうという気も起きないだろう。

「なるほど。確かに、そういう理由ならば離反するのも判る気がする」
「そういう事です。聖杯自体には興味はないけど、それはあまりにも屈辱ですし馬鹿馬鹿しいので」
「……理由は判りましたが――例え、どういう理由があろうとも、裏切るというのは穏やかではありませんね」

 裏切り、という言葉を聞いた瞬間、セイバーの表情が強張った。やはり、騎士だからだろうか。如何に理由があろうとも、その単語を聞くことさえ彼女は忌避するらしい。

 ただ、アーチャーの立場は理解できた。確かに、話の筋は通っているように思える。その話を証明する物は今のところ、何もないけど……何故か、彼女を疑えない。だから、俺は非合理と自覚していながら納得した。

「……?」

 あれ、ちょっと待て。さっきの話には、少し気になることが……?

「なあ、アーチャー。さっきからルール違反とか言ってるけど、そういった物があるのか?」

 思わず聞き流していたが、良く考えればおかしな事だ。殺人ですら容認する聖杯戦争に、ルールがあるなんて。てっきり、基本的な事以外はルール無用のバトルロワイヤルかと思っていたんだが。

「そりゃ、そうですよ。そもそも、これだけ複雑なシステムだから当然人の手が入ってる。そして、人が作った物ならルールという物も同時に作られます。理性という物がある人間は、ルール無しという状況を基本的に受け入れられませんから……だから、聖杯戦争にも当然、この大儀式を作った者達の思惑を含んだルールが設けられてる。ああ、あとは教会の連中も色々と決まり事を作ってるみたいですね」
「?」

 さっき、意外な単語が話されたような……

「は、教会?」
「え……ええ。知らなかったのですか?」

 驚く俺に、アーチャーは少し戸惑った顔を見せた。だが、普通は驚くものだろう。

「だって、これは魔術師同士の争いなんだろ? 何だって教会が……」
「……あのですね。聖杯なんて最上級の聖遺物が絡んでいるんだから、むしろ主体になるべきは教会でしょうに」

 アーチャーは、俺の疑問にあからさまに呆れた視線を返した。いや、そこまでじとっと湿った目を向けなくても良いと思うんだが……

「そりゃ、確かに聖杯が絡むんなら教会が出張ってもおかしくないけど」
「まあ、何も知らなければ貴方の疑問も尤もなんですが……うーん、どう説明した物でしょうか」

 しばし、困ったように眉間の間を掻いていたアーチャーだったが、数秒もしないうちにあっさりと解決策を導き出した。

「……そんなに気になるなら、教会に直接出向きますか? 知らなかったって事は、教会への顔見せもまだなのでしょう」
「いや、それは反対です」

 俺が返事をする前に、アーチャーの提案はセイバーによって即座に却下された。そのはっきりとした拒絶に、アーチャーは訝しげな視線をセイバーに向ける。

「……また、どうして?」
「簡単なこと。聖杯戦争において、情報の秘匿は何よりも大事。例え教会とはいえ、見ず知らずの人間に対してこちらからわざわざ出向く理由もないでしょう。何らかの事情が出来てどうしても、というのならともかく」

 ……セイバーの言うことにも一理ある。確かに、監督役とはいえ相手は教会、信用できるかどうかは断言できまい。対して、アーチャーはあくまで教会に向かおうとする姿勢を崩さない。

「ま、確かにセイバーの言も無視は出来ないですけど……それでも、私は行くべきかと考えてます。教会はサーヴァントを失ったマスターの避難場所でもあります。顔繋ぎくらいはしておくべきかと」

 アーチャーは言う。教会はサーヴァントを失ったマスターを保護する。聖杯戦争において、教会は戦争を監督する為の存在だ。故に、聖杯戦争による犠牲は最小限にとどめなくてはならない。よって、マスターでなくなった参加者を保護することは、教会にとって最優先事項に当たるのだという。

「それこそ、必要ない。シロウは私が――」
「絶対に守り通す……と言いたいのでしょう、最優のサーヴァント。だが、それは不可能ですね」

 あっさりと。アーチャーはセイバーの存在意義そのものを否定した。

「――な、何だと……!」

 わなわなと、体を震わせるほどに激怒したセイバーだが、アーチャーはそんなセイバーに侮蔑の視線を送る。まるで、出来の悪い生徒を叱るかのように。

「何を怒っているのですか。バーサーカーを見て、まだそのような大言壮語を吐けるというのは――正直、解せません。セイバーの器に収まる者が、まさか己のプライドを守るために、マスターの身の安全を確保できる手段をみすみす排除するのですか?」
「――え?」

 セイバーは、アーチャーの言葉を聞いた瞬間、まるで凍り付いたように黙り込む。

「まあ、貴方がどういった英霊なのかは判りませんが。信仰とかの関係で、教会に足を踏み入れるのがタブーとなるというのなら無理強いはしませんが、そういう訳でもないでしょう」

 ……あれだけ反対していたセイバーだが、どういう訳かそれ以上アーチャーに抗弁しなくなった。

「……ふむ、判ってくれたみたいですね。ま、実際に赴くかどうかはセイバーのマスター次第ですが、どうしますか?」

 アーチャーはどうやら、教会に行くべきだと考えているらしい。対するセイバーは、何故か反論しなくなったが本心では行かない方が良いと考えているのだろう。

「どうするかって、そりゃ……」

 ここは、セイバーの意を汲んで行かないと言うべきか。それに――あそこは、俺自身あまり寄り付きたくない建物だ。罪悪感、というのでもないと思うけど……あそこは、俺が出てきた場所だから。

「すまないが……」
「いえ、行きましょう」
「え?」

 唐突に。アレだけ、頑強に反対していたセイバーが言った。

「確かに、逃走経路は複数確保しておいた方が良い。無論、利用しないのが最良ですが、知っていて損はありません……信用できなくとも」

 表情を見る限り、納得したわけでもないらしい。その顔は、苦渋に歪んでいる。だが、それでも必要だと判断したのか。

 それにしても、意外だ。まだ数日程度の付き合いでしかないけど、セイバーは頑固だという事はよく知っている。俺が何かを頼めばまた別なんだろうけど、少なくとも自分の発言をそう易々と撤回する事はない。

「……意外ですね」

 アーチャーも同じ思いだったのか、一瞬だけ驚いたように僅かながら目を見開いた。

「まあ、良いですが。それで、どうしますか?」

 どうするか、か……正直なところ、気が進まない。親父は魔術師協会とは関わり合いになるなと言っていたけど、教会も得体の知れなさでは同じ穴の狢だ。

 それに……あの教会に、俺は足を踏み入れても良いのだろうか。あの教会は、あの時焼け出された子供たちのの孤児院だったはずで――逃げ出したというわけではないが、そこから出られた俺に、教会の門を潜る資格があるのかどうか。

「……」

 時間にして、おそらく数秒程度。セイバーやアーチャーは、俺が少しだけ考え事をしたようにしか見えなかっただろう。だが、俺にとっては――かなり、苦しい事実だった。

「……行こうか」

 結局、俺はそのような回答を出した。基本的に、俺はマスターとしての知識が不足しているし、いざという時の逃げ場所を確保しておくのは悪くない。それに、もし俺が他のマスターと相対して、それを退けた場合はそのマスターの保護も教会に頼むことになるだろう。つまり、顔繋ぎくらいはしておくべきだ。

「よし。となれば、早速行きましょうか」

 アーチャーは我が意を得たりと言いたげに、満足そうに笑う。セイバーは、対照的に文句こそ言わないが不機嫌そうだ。だが、俺の説明に納得はしてくれているらしい。

「確かに、場所も知らないというのはこれから問題になるかもしれませんし」

 まるで、自分を納得させるかのようにそんな事を呟いていた。

 意見がまとまったのなら、この件についての話は終わりだ。今日は学校から真っ直ぐに帰り、早めに夕食をすませて教会に行くことにする。

 さて、他に聞きたいことは――

「あったな」

 あの事を聞かないといけない。特に、アーチャーの前のマスターがキャスターだったというのなら尚更だ。

「アーチャー、もう一つだけ聞かせて欲しい事があるんだけど」
「はい。何でしょうか」
「ああ。実は、俺が通っている学校なんだが、そこに変な結界があるんだ」
「あ……」

 セイバーは、今気付いたかのように声を上げる。忘れていたのだろう。無理もない。バーサーカーのような化け物に襲われたんだ。俺だって、さっきようやく思い出せたんだ。

「……結界?」

 唐突な話だったせいだろうか。アーチャーは、やや声のトーンを落とした。まるで、こちらを探るかのように伏し目がちにこちらを見る。

「そうだ。詳しくは判らないんだけど、どうやらかなり悪質な代物らしい。放っておくと、校内の人間が全員死にかねないような……だから、何とか解除したいんだが悔しいけど俺では無理なんだ。だから、その結界を張った犯人を捜している。キャスターのサーヴァントが、状況から見て怪しいんだが、アーチャーは知っているか」

 これだけは、聞いておかないといけない。もし、キャスターが犯人であるなら教会に行くよりも先にキャスターを止めなければならないのだから。以前見たときは、何故か結界の基点の魔力が洗い流されていたが、今後もそれが続くとは限らない。

「なるほど。そんな結界が……」

 話を聞き終えたアーチャーは、しばし考え込んだ。

「私はマスターに偵察とかを命じられてたんで、キャスターの動向の全てを知っているわけではないけど、それは彼女の仕業じゃないと思います」
「彼女? キャスターは女なのか?」
「ええ。正体は知りませんが、女です。いかにも魔女然としたローブを被ってます。はっきり言って、趣味が悪いですね」
「……ま、まあその辺りは昔の人間なんだし。それで、キャスターが犯人じゃないって言う理由は?」

 俺の問いに、アーチャーはこほんと一つ咳払いをする。

「冗談は置いておいて……理由だけど、キャスターならそんな人目につく手段を採るわけがないからです。キャスターは色んな策略を立ててたみたいですが、どういうわけだか常に隠れるようにこそこそと動き回ってたんです。詳しい話は聞かなかったですが、どうも天敵とも言えるサーヴァントが召還されてるらしいですね」
「天敵……?」
「ええ。それが誰なのかは、教えてもらえませんでしたが。私は弱すぎるあまり、キャスターから全く頼りにされてなかったですからね。余計なことはせずにじっとしてる分には好き勝手やってろって感じで。殆ど、情報らしい情報はも貰ってませんでした」

 アーチャーの話では、キャスターがマスターだった時に命じられていたのは、本拠地の見張りくらいだったらしい。キャスターの手が回らないところでの偵察活動などもやっていたらしいが、基本的にずっと待機状態だった。

「あ、でもキャスターが怖がっていたサーヴァントが誰なのかアタリはついてますけど」
「え、誰だ?」
「多分、キャスターが避けていたのはバーサーカーだと思います」

 アーチャーの言葉に、遭遇した鉄の塊の如き巨体を思い出す。あの、破壊そのものを具現化したような存在を苦手としない者はいないだろうが――何故、天敵なんだ?

「キャスターが言ってたんですが、どうやらバーサーカーの正体はヘラクレスらしいんです。キャスターは自分の正体こそ明かしませんでしたが、風貌とかからギリシャに縁があるようでして。ギリシャ由来の英雄が、そのギリシャ最強の怪物に立ち向かえる筈もないですからね」

 アーチャーは自分の考えを披露した。

 ――ヘラクレス。ギリシャ神話における大神ゼウスの血を引いた神の末裔。数々の不可能であった筈の試練を乗り越え、生き延び、この日本にまでその名を轟かせる大英雄。

 確かに、あの鉄の巨人はその名に相応しい存在だ。あれは、人では決して敵わない神の末裔。

「確かに、アレは大英雄と呼ぶに相応しい怪物だ」

 実際に剣を合わせたセイバーも納得する。

「あれに目をつけられたら、いかにキャスターとはいえ追い返せないでしょうね。だからこそ、彼女は慎重に慎重を重ねた行動を取っています。門番を任せられるだけのサーヴァントを召還していれば、もっと大きく立ち回れるんでしょうが」

 本来、キャスターはあらゆる陰謀をもって聖杯戦争を勝ち抜くタイプだ。いかに強力な魔術師であったとはいえ、サーヴァントの大半は魔術に耐性がある。セイバーなど、現代の魔術師ならば傷一つ付けることさえ不可能なほどだ。真正面から闘っても、不利なことこの上ない。キャスターが最弱のサーヴァントと呼ばれる所以だ。

 だからこそ、自らの不利を補えるサーヴァントを望んだのだろうが――

「つまり、キャスターはただ本拠地――お前の話だと柳洞寺って話だけど、そこに潜んでいるだけだと」

 俺の問いかけに、アーチャーはこくんと頷く。

「そういうわけで、私の考えも状況証拠に基づく物ですから、断言は出来ませんが――キャスターではない気がします」
「なるほどな。だが――キャスターじゃないとすると誰なんだ、あの結界は?」
「それは、判りませんが……ですが、勝ち続ければいずれは出会うでしょう」

 わかりやすい答えを返したのはセイバーだった。いや、確かにそうなんだが。

「まあ、そうだが――」
「それより、シロウ。かなり話し込みましたが、学校は大丈夫なのですか?」
「あ」

 ふと、時計を見るともうぎりぎりの時間になっていた。さっさと朝食の後始末をすませ、手早く学校に行く準備を整える。

「仕方ない。話はここで一端切り上げだ。ま、取り敢えず聞きたいことは聞いたし、俺は学校に行くんだけど……アーチャー、その間はどうする?」

 学校に行かないようにと反対されるかとも思ったが、どうやらアーチャーは俺が学校に行っても問題ないと判断しているらしい。こんな事を言ってきた。

「あ、ついて行きますよ。別にやることもありませんし」
「……そっか」

 まあ、何となく予想の範囲。セイバーは付いてこられる事にやっぱり嫌そうな顔をするが、俺にとっては助かる。学校の、あの異様な結界。それの調査には、出来る限り人が欲しい。

「ちょっと結界の事とか、手伝ってもらうこともあると思うけど、頼めるか」
「ええ、構いませんよ。お役には立てないかもしれませんが」

 アーチャーは、あくまで暢気に受け答えをする。その軽さに、一抹の不安は抱いてしまうが――まあ、何とかなるだろう。

「じゃあ、霊体になってくれ」
「はい」

 俺の言葉に、セイバーはすぐに霊体になった。

「……へ?」

 霊体となったセイバーを見て――何故か、アーチャーが間の抜けた声を上げる。

「……? どうかしたのか、アーチャー」

 ――よく考えれば、出会ってから初めてではないだろうか。アーチャーが、このような意表を突かれたような反応を示すのは。

「え……? あ、いや。セイバーが霊体になったのに驚いて……」
「は? 変な事を言うんだな。サーヴァントは霊体になれるのは当たり前じゃないのか」

 セイバーはそう言っていたし、昨日のバーサーカーもおそらくは霊体になっていたのだろう。いくら夜中でも、あんな巨体が彷徨いていたら騒ぎにならないはずがない。それにアーチャーだって昨日、この家に来るまでは霊体になっていた。驚くような理由もないだろうに。

「……あ、そうですね……そうでした。いえ、ちょっとした思い違いというか……」

 アーチャーは、慌てたように手を振る。その様子に、俺は勿論、セイバーも困惑しているのがラインを通して伝わってくる。

「とにかく、単なる勘違いです。気になさらないでください」
「あ、ああ……」

 ……いまいち要領を得ない返事だが……まあ良いか。気にする事もない。

 俺は、鞄を小脇に抱えて家を出る。姿こそ見えないが、セイバーが付いてくるのも判る。ラインからの感触から、さっきのアーチャーの態度にまだ困惑しているらしいけど、しばらくすれば立ち直るだろう。

 アーチャーも、正式に契約はしてないから正確には判らないが、付いてきているみたいだ。

「さて、行くとするか」

 数日前と比べれば、大きく変わった俺を取り巻く状況。でも、朝の光景は変わらず、俺自身の行動は変わらず、ただ学校に足を向けるだけ。

 そのギャップが、何だか妙におかしかった。

to be conitnued...
WEB拍手!

後書き

最初から最後まで、完膚無きまでに説明で終わりました。うーん、もうちょっとペースが上がらないものか。
それにしても、士郎と凛ってまだ会ってないんですな。意外と珍しい展開かも。

平成18(2006)年 12月14日  辰田 信彦



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